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2007年1月21日 (日)

近くて遠い、ローカル線を巡る(前編)

 手元に残ってしまった冬の18きっぷの最後の1日分。

 どこへ行くかと考え、当初考えたのが「きたぐに」に乗って富山の未乗線の一部を片付けること。
 が、黒部峡谷鉄道が運休中なのでこれではあとで余計な仕事が増えて面倒くさいだけである。

 で、結局岐阜県・三重県に集中する未乗線潰しに決定。近いにもかかわらず「数が多い」「中途半端に時間がかかる」「面倒くさい」という理由でほおって置かれた路線群である(笑)。

 無理をすれば一日で全部乗れないことも無いが煩雑に過ぎるのでおおよそ半分程度にして後は名古屋で少しぶらぶらするという予定で出発したわけで。

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▲ 早暁の米原駅にて。

 昨年末デビューの521系交直流通勤型車両。ようやっと見れた。
 223系5000番代のボディにメカは223系と683系の設計思想を盛り込んだずいぶん久しぶりの交直両用の車両。
 クハにパンタとトイレが付いているから外観的にクハの方が賑やか。
 wikipediaによると滋賀県と福井県が建造資金を出したので両県でしか使用できないとか。
 113系や115系の寿命がつきたらこれらの223系ファミリーが西日本エリア全土で使用されるんだろうなぁ。

 大垣からいったん北上、揖斐まで往復、さらに桑名行に乗車。

 大垣向き一辺倒かと思われた旅客需要も意外な事に揖斐周辺の高校への通学需要が多く乗客は多かった。
 東海道本線をアンダークロスし幾分頼りない軌道上を南大阪線等で使い古されたオンボロ車両が懸命に走る。朝のこの時間帯は運行される列車も多く2回交換して揖斐へ到着。
 待ち受けているバスに乗り込んで行く学生達を尻目に急いで列車に戻る。
 復路も大垣方面へ向かう乗客が多い。日中時間帯はともかく一定の需要はあるようだ。赤字が大きいといわれる同線だが周辺自治体は資金を投入して運行を支援する方向にあるというのも頷ける話である。

 大垣でずいぶん待たされてから桑名行に乗車。大垣-美濃松山間は日中はほぼ1時間に一本になるので迂闊に降りれない。

 平地をほぼまっすぐに引かれた線路を南へ向かう。比較的最近架け替えられたと思しき高架線で牧田川(揖斐川の支流)を渡ると同時に西へ進路を変える。

 ぐっと山に近づき少し走るとまた南へ進路を変え養老駅に到着する。

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▲ 養老駅にて、交換待ちの合間に。

 養老駅では対向列車交換のため10分近く停車。

 ホームに降りて駅舎を見に行くと軒先にいっぱい瓢箪がぶら下げられている。細長いのやら太いのやら、ひとつひとつ表情が違うのは面白い。
 立派な駅舎の脇には多客時用と思われる臨時改札口もあった。が、これが必要な時は果たしてどれだけあるのだろうか。

 そして列車はひたすら南へ走る。なぜかやたらに駅間距離が長い。
 しかし不思議なのが線路は山の際を走り続けている。しかもずいぶん標高が高いようで眼下には揖斐川流域の平野部が広がっている。そこそこに民家も多いようであちらを走っていればより乗客も多いんじゃないかと考えてしまう。
 が、よく考えてみればこの線路が引かれた頃にはあの辺りが住宅地では無かった可能性も高く、なんと言っても万が一の揖斐川の氾濫で線路が流失してしまうことを考えればこちらへ引くのも当然のことかもしれない。

 徐々にその揖斐川流域に下がっていき美濃松山へ到着。ここから桑名へは区間運転の列車もあり運転本数が増える。事実乗客も増えてきた。
 その後はほぼ住宅地を縫うように走り続け大垣出発から80分で桑名に到着。

 お次は桑名駅の横手、西桑名駅から阿下喜駅へ向かう三岐鉄道北勢線に乗車する。

 この路線は二度目となる。以前やってきたのは2002年。その時は「近畿日本鉄道北勢線」だったのだがその翌年に廃止を表明した近鉄から三岐鉄道に譲渡され現在に至っている。
 「運営会社が変わった場合(看板が掛けかえられた場合)乗りなおし」のルールが発動して再び乗りに来たのだが、駅の統廃合など「リニューアル」を重ね、ずいぶん様変わりしているという話も聞いている。果たしてどうなっていることやら。

 JR/近鉄桑名駅から伸びる歩道橋をあると記憶に残る小さな駅が見えてくる。
 ぱっと5年の月日が短絡する。ついこの間のような気がするのだが時は確実に流れている。
 バスのターミナルの横に申し訳なさそうに階段があり、駅舎は以前のままの姿を見せている。
 が、中に入ると自動改札機が何台も据え付けられているしその横には待合室もできている。

 券売機で阿下喜までの乗車券を購入しホームに入る。
 ホームから見下ろす線路は相変わらずとんでもなく狭い。今更言うまでもないがこの北勢線(と近鉄内部・八王子線)は軌道間762mmの「特殊狭軌線」である。

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 しばらくすると鮮やかな黄色(西武イエローと言ってはいけない・笑)に装いを変えた3両編成の電車がやってくる。見ると車端部にでっかいルーバーらしきものがある。
 なんだと思って乗り込むとそこにはでっかい機械が設置されている。

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 これは・・・クーラーだ。

 前面展望を殺してまでつけないでください(笑)。

 とはいえ21世紀に至るまで冷房率0%だったという恐ろしい路線だったわけで乗客の皆さんにはこれで快適な夏をすごせるわけですねぇ。

 軽く絶望的な気分を味わいながら列車は出発。

 前に乗ったときにはあまりの振動のひどさに辟易したものだがこれもリニューアルの賜物かずいぶん軽減されているように感じる。あと以前は交換駅で右側通行だったのが左側通行に改められていることにも気づく。

 郊外に出るとどの駅もずいぶん立派になっている。無人駅でも自動精算機とカメラモニターが設置されているようだ。名鉄や神戸電鉄と同じように集中管理&遠隔操作で精算できる仕組みを作っているようで思ったより金を掛けているようである。

 そして列車は新設された東員駅に到着。全線を集中管理する駅で交換施設と留置線を持っている。ここで車両交換ということで一度下車する羽目に。
 駅前には広いロータリーと駐車場がある。三岐鉄道は駅まで車で送ってもらって電車に乗り換える「キスアンドライド」と駐車場に車を置いて同じく電車に乗り換える「パークアンドライド」を推奨して乗客増に結び付けているそうである。

 他にもカーブの付け替えによる高速化を推し進めているそうで「リニューアル」というよりもっと徹底的な「リボーン」という感じもする。
 変わらないのは車両だけ、とおもいきやこれも旧車ながら改造して時速70キロまで(現状は最高時速45キロ)出せるようにしてあるとの話である。

 重軌道化工事も進められカーブも緩やかにしていくという話ではあるが想像するだけでも冷や汗が出てきそうではある(笑)。

 乗ってきた列車が引き上げられ、待避線に停車していた編成に乗り換えて出発。

 間もなく北大社車庫の脇を通過する。
 前回やってきた時にはここに駅があり、阿下喜行がやってくるまでここで車庫を見学して過ごした記憶が蘇る。
 2面3線のホームがあった場所は何も無くなっている。現在は「北大社信号場」という扱いになっている(スタフにもちゃんと「北大社」の名で記されている。

 楚原を越えた辺りから鬱蒼とした森の中を走り終着阿下喜に到着。

 あまりの変貌振りに唖然とする。

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▲ 2002年当時

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▲ 2007年現在
 手前の通路が旧ホーム跡。黄ラインでわかると思うが。

 これも「キスアンドライド」対策だと思われるロータリー拡張工事が進められている。

 幾分の寂しさを感じるが感傷に浸っている余裕は無い。ここからが本日の正念場である。

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 思ったより長くなってきたので分割。続きはまた明日にでも。

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