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2007年8月15日 (水)

北へ。9 第1日~第2日

 本当は写真を付けたかったのですが緊急事態が発生したためにテキストのみとなりました。例によって誤字脱字のチェックができてませんが・・・。

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第一日:8月13日(月)

 午前6時過ぎ、ホテルを出る。空に雲が低く垂れ込めている。
 ホテルからすぐのメトロ浅草線の田原町駅から上野駅まで出る。
 広い上野駅構内を歩き常磐線ホームへ向かう。

 乗車予定の列車は15両編成だが土浦から先は5両編成になる事がわかっているので長いホームを延々と歩く。5両編成の中でもクロスシート車は水戸寄の先頭車とその隣のみ、結局300mは歩かされるという寸法である。
 しばらくするとしとしとと雨が降ってくる。決してきつくはないがなんとも鬱陶しい。

 ようやくやってきた勝田行に乗車する。
 415系の独壇場だった常磐線もあっという間にE531系の天下となり、この列車もご多分に漏れずE531系使用の列車である。
E231系と代わり映えのしないかちこちのクロスシートに腰を下ろす。これでも「まだまし」である。

 列車は定刻どおり上野を出発する。お盆中の朝ラッシュ前の時間帯で東京から離れる列車なので乗車率はそれほど高くない。
向かいのシートに足を投げ出しぼんやりと景色を眺める。

 東京の下町を高速で走りぬけ、1時間弱も走るとすっかり景色は変わり、いつもどおり茫洋とした関東平野の風景に変わる。
そういえばいつのまにかデッドセクションを越えているようだ。新型の車両はデッドセクションでも照明を切る必要がないのでどこだったのかくわからなくなっている。

 一眠りして目が覚めてみると水戸線の分岐駅である友部駅。立派な橋上駅舎ができており少し驚く。

 列車は勝田まで行くのだが水戸で下車する。
 ここからは特急に乗り換える。18きっぷではないので特急も利用して適度に時間の短縮は図ることにしている。

 待ち時間の間に駅弁を買いに行く。相変わらず種類が多くてどれにしようか迷う。今回は「竜田揚げ弁当」(680円也)にする。

 仙台行のスーパーひたち7号に乗車する。基本7連+増結4連の11両編成で、通常は仙台へは付属編成のみが向かうのだが、多客期ということで今日は全編成が仙台まで通してで走る。私の指定席も2号車、基本編成側の車両である。

 乗り込むとかなりの乗車率。ところどころに空きがある、といった程度でほとんどの席が埋まっている。

 E653系「フレッシュひたち」には乗った事があるがこの651系「スーパーひたち」は初めての乗車となる。
 JR東日本になってからの特急車両としては第1世代に当たるこの車両、登場から随分と年月が流れており、車体内外ともに随分とくたびれている。そろそろリニューアルが必要な時期ではないだろうか。

 白い特急は常陸路を北へ駆け抜けてゆく。
 勝田以北はこまめに停車する。これではまるで急行列車棚と思うが、各駅ごとに降りる乗客は結構な数であり、改札の前はごった返す様子が見える。
それなのに2号車の中は一向に乗客が減った様子が見えないのが不思議ではある。

 弁当を開ける。「竜田揚げ弁当」は単純にのり+唐揚弁当だけどおいしい。衣がちょっと粉っぽいところがなんだか懐かしい(悪い意味じゃなくて)。

 2時間ほどかけて原ノ町駅に到着。ここでスーパーひたちとはお別れ、普通列車に乗り換える。

 またあの「銀色ロングシート大魔王」様とお付き合いしないといけないんだろうなと思っているとやってきたのは455系の6両編成。
 ラッキー、助かった。柔らかい直角椅子に腰を下ろし、悠々と過ごす・・・ハズなのだがいかんせん旧型車両ゆえに冷房の効きがいまいち。ちとつらい。

 名取で下車、ここから未乗路線の仙台空港鉄道に乗り換える。
 真新しい高架線を望む真新しい駅舎を持つ駅である。

 一度改札を出て、仙台空港までの切符を購入する。3駅400円、かなり高い。建設資金分が上乗せされているのだろう。
 ホームに戻り、列車を待つ。私が乗ってきた列車が到着する寸前に仙台空港行きが出発するという鬼ダイヤだったので、次までの間がかなり空く。
 暑いホームで溶けそうになりながらひたすら列車を待つ。

 30分ほど待ってようやくやってきた列車は立ち客いっぱいのかなりの混雑である。車両はSAT721系、仙台空港鉄道所有の車両でJR東日本のE721系と共通仕様の車両である。とりあえず冷房はガンガンに効いているので助かる。

 どうせ座れないだろうと思っていたので一番前から乗り込むと前はお子様でいっぱい(涙)。

 運転席を覗き込んでみると運転台上部に3面の液晶モニターが備え付けられておりホームの様子が映し出されている。
 車両が動き出すとモニターの中の車両も動き出す。そしてホームから離れるとすっと映像が切れる。無線LANか何かで画像が送信されているのだろう。
 名古屋のりんかい線でも同種の装置が備え付けられていたがあちらは確か1面だったと記憶している。後発のこちらの方がすこしパワーアップしているわけだ。

 高架線を上がり左にカーブするとまっすぐに線路が伸びているが間もなく一つ目の、「杜せきのした」駅。
 駅自体は交換可能なように設計されているが線路は1本、一面一線の仕様になっている。万が一運転本数が増加したときはここで何とかしようという腹積もりだろう。

 この駅で半分以上の乗客が一気に降りてしまう。どうやら駅の横にできたショッピングセンターが目当てらしい。
 しかしこれは仙台空港鉄道にとっては結構大きいだろう。一駅分とはいえある程度確実な収入が見込めるんだから。

 更にまっすぐに線路は延び、次は「美田園(みたぞの)」駅。こちらはちゃんと交換可能にしてある。珍しい右側通行となっている。
 停車して対向列車を待つ。3分ほどで対向列車と交換して出発。

 右手に航空機の姿が見えると右にカーブを描き、そして高架線から地下へ入る。どうやら滑走路の下に線路を通してあるようである。トンネルの中で登り勾配になり再び一気に駆け上り、かなり無理な右カーブの後に終点仙台空港駅に到着。

 駅の改札口から連絡通路で仙台空港の建物と直結されている。定時性の高い鉄道が空港に通じたというのはやはり利用価値を一気に高くしたことだろう。

 一応駅の外まで出てから、折り返しの列車で仙台へ向かう。
 以前通った時に工事をしていた長町周辺の区間ができあがり新線になっていた。

 ようやく仙台駅に到着。次の列車までは20分あるのだがすでに行列が出来上がっているので慌てて列に並ぶ。
 やってきたのは701系の4両編成。しかも後ろより2両は小牛田どまり。そんなことも知らずに後ろよりに並んでいたので前寄りに移動してどうにかこうにか席を確保する。
こういうときはロングシートの方が前向きだ後ろ向きと気にしなくて良いのが救いである。

 どんどん車内の乗客が増えて行き、出発間際には120%以上の乗車率となる。
 こりゃ波動砲でも撃てそう、なんて冗談で友人にメールを送る。

 列車は定刻通り仙台駅を出発し・・・ん?
 急に速度を落とし停車してしまう。信号待ちか何かと思っているとアナウンスが入る。

 「危険を知らせる信号が発信されましたので現在安全の確認をしております」

 をーい。

 撃たれたのは波動砲ではなくて危険信号だったようです。

 これは長時間勝負になるかもしれないなぁ、なんて考えていると5分ほどで列車は動き出す。どうやらどうってことはなかったらしい。

 それからは順調に列車は走り続けのだが、しかしうっかり日のあたる方に座ってしまったために背中がじわりじわりと灼けてくる。いくら熱線吸収ガラスといえど猛暑日の日差しには敵わないわけで・・・(この日岩手県内では37.5度を記録した場所も・・・)。やはりカーテンは装備してほしいものである。

 小牛田で後方2両が切り離しされ、後部にいた乗客がこちら側に流れ込み車内は更にものすごい混雑状態に。もはや車内の向こう側すら全く見えない有様である。
 なんでこんなに乗客が多いのか考えて見て、時刻表をぱらぱらとめくってみる。すると上野駅を8時前に出ると今のこの列車に行き着く事が判明。
 18シーズンにダダ混みになるのは東海道本線だけじゃないんだねぇ・・・。

 通常この列車はワンマン運行されているようだが、この状況ではその取り扱いをするのは不可能と判断され(当たり前のことだが)、一ノ関まで全てのドアを取り扱い可能にし、外で集札するという形に変更されて運転されることに。もっとも大半の乗客が一ノ関まで乗りとおしたためにたいした混乱はなかったようだけれど。

 一ノ関に到着。ほとんどの乗客は5分後に出発する盛岡行の普通列車にダッシュして行く。大船渡線に乗り換える私は1時間後まで列車がないのでそのあたりをぶらぶらする。

 窓口で盛までの乗車券を購入。本当は八戸までの通し乗車券(JR大船渡線→三鉄南リアス線→JR山田線→三鉄北リアス線→JR八戸線)を出してほしかったのだが宮古までしか出せないと言われたので断念。

 都合五回目になる大船渡線で盛に向かう。右へ左へ線路はうねり、差し込む陽光の向きが頻繁に入れ替わる。

 2年前にも同じ列車に乗っているが同じように学生の声が車内に満ちている。そして摺沢駅で大量に乗客が下車して車内が静かになるのも同じ。

 気仙沼で後方一両を切り離し、おおよそ1時間で終点、盛に到着。駅近くのホテルに投宿した。

 カウンターで手続きをして宿泊料金を払う。ホテルのおばちゃんと話をしているとなぜかこれでも食べて、ととうもろこしがまるまる一本出てくる。

 ありがたく自室でいただきました。・・・お腹いっぱいだわ・・・。

第二日:8月14日(火)

 今日の一番列車は8時52分。これは私の旅行史上で朝としてはもっとも遅い出発ではなかろうか。

 しかしそんな時に限って目が覚めるのは午前4時前。なぜかというと泊まっているこのホテル、なんと午前1時から午前4時の間は冷房が使用停止になってしまうのだ。
 それがわかっていたので震えるくらいまでがんがんに部屋を冷やしていたのだがやはり数時間もすると部屋の中は暑くなってきて目が覚めてしまったというわけだ。

 午前4時をすぎたので再度冷房のスイッチを入れるがそんなにすぐ冷えるわけでもなし部屋の中をのた打ち回るがこうなるともう寝れない。
 テレビをつけて同じニュースを繰り返し映すチャンネルをぼーっと見続けるしかない。
 ネットでもつなげればまだ良いのだがかようなホテルがネット対応などしているわけもない。

 ようやく3時間がすぎて午前7時30分前にホテルをチェックアウトし盛駅へ。
 三鉄の盛駅で自動券売機に5060円つっこんで八戸までの切符を買う。趣味じゃないとこんな切符買えんよねぇ・・・。

 窓口ではいろいろなグッズを販売している。その中でもひときわ異彩を放つのが「三鉄赤字せんべい」(300円)。あと「赤字カットわかめ(250円)」もあったっけ。
 買おうかと思ったけど窓口の駅員がむちゃくちゃ無愛想だったのでやめた。

 一本前の列車がいった直後に行ったので肝心の列車までは1時間近く待つことになる。誰もいない待合室で朝食のおにぎりにかじりついていると地元のおっちゃんがやってきて挨拶される。ちょっと話をしてみると、普段めったに乗らないので時刻が変わっているのにきがつかず来てしまったとのこと。今日は途中の三陸駅まで乗ってお墓参りに行くのだそうだ。

 待合室の傍らに「三陸鉄道に一年に一度乗ろう」というポスターが貼りだされている。この人はその要件を満たしていることになるわけか。

 列車は8時52分、42分にやってくる列車があるのでこれが折り返すのだろうと思っていたら、車庫の方に引きあげられてゆき、ものすごいきわどいタイミングで傍らから現れた三陸鉄道の36形の2両編成がホームに滑り込んでくる。これが久慈行となる。

 赤い車両と白い車両の2両で、ちょうど目の前に止まったのが赤色の車両。36形1200番代というタイプで車内のシートがたぶん廃車再生品か何かのリクライニングシートに換装されているタイプである。

 すばやく海側のシートを占拠する。これで久慈までの4時間、海側の景色が堪能できるはずである。

 ばたばたしていたものの定刻8時52分に盛駅を出発する。大きく左にカーブしてJR大船渡線と分かれる。

 いよいよ「最後の長距離ローカル線の旅」が始まる。ぞくぞくせざるを得ないわけで。

 海に突き出した岬に沿って走ったかと思うと唐突にトンネルの突っ込んで行く。

 二駅目、かつて終点だった「綾里(りょうり)駅」である。
 この駅といえば「ランドセルを忘れた女の子」という「時刻表2万キロ」内のエピソードが思い出される。まぁその女の子もいまや40代くらいの女性のはずだけれど。

 このあたりまでは古びた待合室などに旧国鉄時代の面影を残っている。

 意外なほど山の中→トンネルというパターンを繰り返すばかりで海が見えない。
 まぁそりゃ日高本線や五能線のように海に張り付いたような線とかの方が異様なんだろうけれど。

 途中から三陸鉄道として開業した区間に入る。規格が良くなり、線路が直線的になっていることでそれとわかる。

 1時間ほどで南リアス線の終点、釜石駅に到着する。線内折り返しの車両は脇に設置されている三陸鉄道専用のホームに入るようだけれど、山田線直通の列車なのでJRのホームに入る。ここで乗務員の交代が行われ、乗客もいく分か入れ替わる。

 8分ほどの停車の後、山田線を宮古に向かって列車は走っていく。途中幾度対向列車と交換して宮古に到着。しばらく人口非密集地ばかり走っていたのでやけに立派な大都会に見える。

 再び宮古で乗務員交代が行われ北リアス線に入る。
 こちらの線もトンネルが多いし、それ以上に長い。トンネル走っている最中に温度が下がり、外に出た途端に窓が一瞬で曇ってしまうという珍現象が繰り返し発生する。

 田老(たろう)・普代(ふだい)といった駅ではそこそこ乗客が入れ替わる。
 島越(しまのこし)駅前は初めて駅前に海が広がっている。ここから観光船か何かが出ているようで乗客も大挙降りてゆく。
 ここからしばらくは線路は海沿いに走っているようでトンネルから抜けると素晴らしい風景が広がる。

 青一色の空と海、水平線はぼやけてはっきりとはとしないけれどそれもまた良い。

 景色に心奪われるうちに最後のローカル線の旅も終わりが見えてきた。野田玉川駅から再び内陸寄りに入り、久慈市街地に入り、定刻12時44分、久慈駅に到着した。
 これで本州に残る未乗路線は富山県と長野県の一部のみとなった。

 そしてここから八戸線で八戸へ向かう。
 JRのホームで待ち受けるのはキハ48形の「うみねこ」である。
 急いで跨線橋を渡り車内にだーいぶっ!!

 ・・・・・

 あぢいっ!!

 も、もしかして・・・、こいつ非冷房車なのでは・・・。

 窓開きまくり、そしてどう見ても現役ばりばりの扇風機・・・。

 あぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!!!!!!!!

 シンジラレナーイ!!!!!

 某北海道球団の監督になってみたところで事態は解決しない。以前は真冬だったのできっちり暖房が効いていたので全然気にもならなかったのだがこれはなぁ・・・。

 まず窓を開け、扇風機を回す。

 ・・・気持ちマシ、か。

 とりあえず約2時間、耐えるしかない。

 03年に来た時にはまだタブレットと腕木式信号機が残る路線だったのだが、いずれも姿を消している。

 侍浜、陸中八木、鮫とかつてタブレットを交換していた駅にはそれらの痕跡がいまだ見つける事は可能である。だが駅員はもちろんおらずいずれの駅も無人化されている。 

 鮫から先、通称「八戸市内線」に入ると乗客が一気に増加する。本八戸でまたまた増えて、終着、八戸駅に到着。

 今日は函館まで行く予定だがどうせ乗るならコンセントのあるスーパー白鳥に乗りたいということで16時14分発のスーパー白鳥の指定席券を確保してある。
 1時間以上の待ち時間があるが致し方ない。そのあたりをぶらぶらして時間を潰す。というかこの駅で改札の外に出たのは初めてである。

 本八戸の方が市街地の中心だが、八戸駅前もそこそこ開けているように見える。

 とはいえ駅を離れてどうこう、というほど時間はないので結局ホームに降りて列車の到着を待つ。
 車内清掃がある関係もあってか列車は意外と速く到着する。今日は8両編成で運行されている。

 定刻出発、まずは青森に向かう。進行方向左側のため夕陽が直撃して眩しくてたまらない。自分の所のブラインドを下ろすも前の乗客が全て降ろしてくれるわけでないので結局そこから反射した光が眩しくて・・・。
 野辺地で大湊線の列車が遅れてために少し遅れ、青森駅到着が1分ほど遅れる。ここでの折り返し時間を短縮して定時に戻る。
 方向転換して津軽線を走り、蟹田に到着。次の木古内にも停車するこの列車は18きっぷの特例で自由席にも乗車できるためにそれと思しき若者たちがホーム上に待っている。

 一度通るごとに感動が薄くなるという青函トンネル。今回に至ってはいつの間にか入っているという有様である。

 少し遅れて函館駅に到着。

 今日もラッキーピエロのチャイニーズチキンバーガーは美味だった。

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コメント

旅はいかがでしょうか。
八戸線のキハは非冷房なのは、八戸周辺は海からの風で比較的涼しいためだったかと。しかしあぢぃときは暑いでしょうね。
私もふるさと銀河線を乗り通したとき、北見で30度越えのその年一番の暑さ。窓全開の単行キハで買っておいた飲み物は底をつき、交換で数分停車した陸別で、自動販売機へダッシュしましたよ・・・。

投稿: ISOJIN | 2007年8月15日 (水) 01時52分

記録的な暑さのなかお疲れさまです
水当たり食あたりヒートアップには気をつけて

投稿: やまし | 2007年8月15日 (水) 20時12分

 東北地区ではいまだに非冷房車が走ってるんですね。って、キハ48系だと仕方のない…(って九州では兄弟が改造されて特急として走ってるけど)

 乗るときに、トイレ後方でないことを確認して(懐かしい)、窓を全開にして乗ってた時代を思い出しました。
 考えてみると今なら嵯峨野線でも窓開けたら怒顰蹙ものですね。
 

投稿: 京都ガンモ | 2007年8月22日 (水) 19時38分

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